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異能という、いまだ解明され切ってはない不可思議な能力が世に数多ある中、
様々な異能力ありとの前提あってこそ、
その働きが認知されよう異能というものもあって。
地上でブラックホールもどきが作り出せるほどもの最恐の異能でも、
殺人神経ガスもどきが自家生産できるよな厭らしい異能でも、
若返ったり猫耳が生えてきたり、時間を少し進めた“未来”が見えたり
奇想天外、どんな理屈か皆目わからぬ異能でも、
その手のひらで触れれば あら不思議、
中和されるか消し飛ばされるか、たちまち効果が立ち消えてしまう異能無効化、
“人間失格”なんていう変わった異能もあれば、
「お仲間の “ウィスパー”と “メッセンジャー”ってのはもう捕まえたぞー。」
「ひぃ…っ。」
異能を数列に置き換え、
それを目読させることで対象へ効果を発動させるというメッセンジャーと、
自分ではない者の異能を音声へと変換し、
じかに囁くなり電話で届けるなりして発動の仲介役となれるウィスパー。
そんなややこしい媒体異能というものまであるらしく。
今回、それにもてあそばれてしまったのが
どんな異能でも掻き消すことができる “人間失格”の奏者である太宰だったのが何とも皮肉。
彼とて自分の異能をチ―トなそれだと自惚れ驕っていたわけじゃあないし、
前職が前職なだけあって、一般人よりは警戒心も強かったろうが、
『どうやら異能にやられたらしくてね。』
一番最後に告げられた身だとはいえ、
敦への吐露は何ともあっけらかんとしたお云いようだったのへ、
“こっちはそりゃあもう驚いたってのに。”
これ以上驚くことなんてもはや起きなかろうというよな、
極限状態や危機やらに見舞われ続けの日々をかいくぐって来た身だが、
それでもまだまだいろんなことが降りかかるもので。
自分はそういう星の下に生まれた忌み子なのかと
虎になる異能ごと我が身を嘆くばかりとなって、
ただただ暗く考えていた時期もないではなかったが、
何かそればっかじゃなさそうだよなぁ、と。
全部全部自分のせいとするのはむしろ自惚れかもしれぬと、
そうと思わざるを得ないよな桁外れな色々が、
今日も今日とて虎の子を駆け回らせているこの環境こそが問題なのかも知れず。
ただ、それを“困ったもんだ”と思いつつも、
何故だかそれほど…胸がひしがれるほどうんざりとまでは感じてないみたいだと、
もうちょっとしたら苦笑交じりに小首を傾げる日が来そうな今日この頃。
そんな複雑な感慨、あの教育係様が聞いたらば
それが人としての成長というものだよ、なんて
よく判らないこと言われて煙に巻かれるから、気を付けた方がいいのだが。(笑)
閑話休題。
媒体異能なんていう変わり種、異能名“ウィスパー”と“メッセンジャー”という二人は、
太宰が目星をつけてた通り、ネット上で妙な裏稼業を細々とこなしており。
わざとらしくも太宰が買い物に出掛けていた隙を突き、中也の部下に調べさせてみたところ、
【表向きには “よく効くおまじない”なんて看板出してる催眠系のサイトがあって、
想う相手や逆に恨みをぶつけたい相手へ、
目には見えない不思議な働きかけをすることで
どんな想いでも成就させる万能さで名を広めかかってたようですよ。】
恋愛やら嫉妬や妬みからの嫌がらせなんてな、女子高生レベルの小さな“お願い”はあくまでも表向き。
ここ最近は、裏の世界を跋扈する恐持てたちから、
直接対象へ接近しなくてもいいというところを買われ、
正体を明かさぬまま何かしらの小細工を仕掛けるのに重宝がられていたらしい。
【ただ、間接的なものになるためか、
異能者当人が発揮できる威力の半分くらいしか効果は出せないとのことです。】
太宰が見做したその通り、所詮は他人の異能を雑なコピーしたよなもの。
把握するのに一旦その身へ受け入れねばならぬのに、
当人の器の大きさが全然足りぬ小物だということも重なって、
本来の威力のまんまで再現とはいかないのが最大の難点ならしく。
【そうか、短時間で良くそこまで把握できたな。済まんな、征樹。】
ウィスパーとかいう異能者は
誰ぞかの異能を変換する輩らしいから、当人一人じゃあ何もできない手合いだ。
ただ、もう片やは 自身の“異能無効化”の異能を暗号化出来る手合いらしいから、
身柄確保のあとの扱いには、その旨 用心しろと。
太宰経由の注意事項を腹心の部下へと与えておく。
裏社会の一部で“仕返し屋”などという稼業の噂話が広まりかけてたらしく、
当人たちは女子高生辺りを標的にした、
せいぜい小遣い稼ぎレベルの罪のないものという心づもりであったらしいが、
それでのこと、油断しまくりだったところを、
今回 もうちょっと奥まった裏社会の輩たちに、半分攫われた格好で利用されていたらしく。
さほど肝の太いワルでもないようなので、
ポートマフィア(ウチ)で引き取ってもよさそうだったが、
太宰が既に異能特務課へネタとして漏らしてあるなんて言いやがってたから、
“…まあ始末は奴に任すか。”
あとはここに潜伏しているのを突き止めた人物、
ほんの数日という時限型ながら触れた相手を女性に出来るという、
何ともふざけた異能を発揮してくれたお嬢を確保して太宰に触れさせればよしという、
なかなかいい仕事を遂行中の、中也と敦、前衛コンビだったが、
「こっちもこっちなりに扱いに難ありな輩だったとはな。」
その最後の一人がなかなか手ごわいと、ここに来てやっと思い知らされている。
先に並べた二人は、その異能の種も種だったためか、
ネット上に看板出して ちまちまとしょむない悪戯もどきで日銭を稼いでいたレベルの異能者だったが、
此方の異能者はその異能をずっと前から重宝がられていたらしく、
今回の騒動へ担ぎ出されたのも、
拐かして無理からいいなりにという順番ではなく、
順を踏んで請われたうえで、依頼されて参加していたことが伺える。
というのも、
『いけない、しおりちゃん逃げてっ!』
本人は十代だろう細身で小柄で童顔な、いかにも平凡な風貌の小娘だったが、
そんな彼女を何とも大勢の人間が庇っており。
根城だと聞いたうらぶれた酒場に入った途端、こちらのいかにもな黒装束から何かしら察したか、
まずは当人が、それは素晴らしい瞬発力で座っていたスツールから弾かれるように立ち上がると
従業員用の詰め所だろうバックヤードへ突っ込んでった俊敏さに重なって。
店の客だか近所の暇人か、退屈そうに化粧直しなぞしつつ居合わせた顔ぶれの全員が、
立ち上がりながら両腕広げて中也の前へ壁となって立ちふさがったのが何とも異様。
当然、こちらも場慣れしている、ガタガタっと立ち上がる気配を横手に感じつつ、
相手の態勢が整うまで待ったりせずに、疾風のごとく少女の後を追ったので、
さしたる支障はなかったけれど。
「ちっ。」
裏口の合板仕立ての華奢なドア、蹴り壊す格好で開けたそのまま飛び出して、
海側への傾斜のある細い路地を駆け降りながら、中也は苛立たしげに舌打ちをこぼす。
ここいらは所謂下町のそのまた場末、
しかも逃走経路とされたのは入り組んでいよう路地裏で、
体力には自信もあるけれど、微妙に土地勘がない分不利だなと感じた。
居場所を突き止め、身柄確保だと飛び込んだはよかったが、
物騒な追手がかかったと即座に把握したほど、
こういう状況に慣れでもあったのか、素早く察知したそのまま逃げを打った異能者の少女は、
なかなかにすばしっこくて しかも機転も利くようで。
いかにも動きやすそうないでたち、
ワイドパンツの裾だけぎゅうと絞ったようなサルエルパンツに
Tシャツと細身の作業着みたいな上っ張りを重ね、
そりゃあ軽快にザクザクと飛ぶような駆けっぷりで
ところどころでもっと細い路地へ飛び込んだり、それは巧妙に逃げ回る。
路地や小道が迷路のように入り組んだこの界隈を隅々まで知り尽くしたうえで、
不格好に家屋の壁外へ剥き出しのまま張り出した配管や
中途半端なフェンスなどが通せんぼするよな狭いところをかいくぐっており、
「小さいお兄さんでも、ここは無理無理♪」
「何だとごるぁ! ぶっ殺すっ 」
立ちはだかるそういった小さな障壁や障害物をいちいち握り潰して追うため、
そんな小さな時間差が積み重なって見失いかかること数回。
追手をいちいち振り返る余裕が腹立たしくて、ついつい中也の口調も雑になり、
いっそのこと、相手の身や路地もろとも
自身の重力操作で対処してやろうかと思いもしたが、
住民らの勝手な改築やら増築やらが繰り返されたのだろ、出来損ないのモザイクみたいな下町は、
下手に突くと大規模な破砕のドミノ現象が起きた末、
辺り一帯という広範囲をもろとも崩してしまいかねなくてついつい気おくれが立つ。
鏖殺目的の特攻じゃあないのだ、
そこまでやらかすと却って軍警を呼びかねないし、捜査本部が立つやもしれぬ。
しかも、彼女自身のそういった場慣れっぷりに加えて、
「あの子は渡さないんだからっ!」
この街の、主には夜の顔としての稼ぎ頭なのだろう、
街角の華らしき、髪や化粧がちょっとけばけばしい風体の女性らや、
そのヒモなのか若い男衆らが、少女を庇うようにこちらへ襲い掛かって来るのが邪魔をする。
柔軟かつ迅速な対処を要とした、所謂 緊急事態だとはいえ、
女子供を自分の全力で叩き伏すほどの事案じゃあないというのが微妙なリミッターになってか、
行く手に立ちふさがるグラマラスなお姉さまに両腕広げて通せんぼされると、
「だあ、めんどくせぇっ!」
これでも彼なりに遠慮した異能にて、腕を横薙ぎに払っては
切通しのようになって左右から迫ってた傍らのアパートの漆喰壁に叩き伏せたり、
道沿いの金網フェンスへその身を張りつけたままにしたり、
いちいち除外するのにこれまた少しずつながら時間を取られる煩雑さよ。
そんな中也とは別なコース、こちらは坂のふもとから、
対象を前後から挟撃せんという打ち合わせの下、
異能の“虎の目”を使って、巧妙に逃げ回るお嬢さんの位置を把握する敦で。
「…居た。」
時おり枯れた側溝なぞへもぐったり、なかなかに応用の利いた逃げっぷりを呈す標的の少女が
どのコースで駆け下りてくるのかを先読みし、
とんとんっとやや高さのあった土手ののり面、
雑草まみれの傾斜を一足飛びに飛び降りて来たの、待ってましたと待ち受けて両腕を広げれば、
「え?え? なんでなんで?」
追手は中也のみだとでも思っていたのか、進行方向へはさして警戒しないまま、
無防備に宙へ身を躍らせたこと、今になって後悔しつつも
「えいっ!」
そのまま片足をぶんっと振って
敦の何処でも蹴ってやると抵抗の気勢を示すところはなかなかに頼もしい。
しかも、
「そこの可愛いお兄さん、その子に手ぇ出さないで。」
何処からなのか勢いよく駆け付けた、いやに大柄な水商売系らしきお姉さんが二人ほど、
ちょうど敦の立つ小道の左右から猛烈な勢いで突進してくるのに気がついて、
「え? あ…や、あのっ!」
思わぬ伏兵からの唐突な不意打ちと、
女性へは手心くわえた方が…なんて道理がついのこととて顔を出しての狼狽えてしまった隙を突き、
「たあっ。」
「あ・痛っ☆」
しゃにむな抵抗から振り回した少女の足の先が敦の白銀の頭へ当たり、
ひゃあと反射的に身をすくめたかかったものの、そんなくらいで竦んでいては探偵業なんてこなせません。
広げていた腕をぐいと合わせ、懐の中へととっ捕まえたドラ猫さん、
ヤダヤダと死に物狂いで暴れたその上、
駆け付けたお姉さんがたが“こら放せ”と敦へ掴みかかって来るものだから、
“何だかボクの方が悪事を働いてるような気が…。”
もみあいになってしまったお姉さんたちの身から漂う、
安物だからか妙に独特な匂いのする脂粉の香りが、鋭い嗅覚へつんと襲い掛かるのもなかなかきつく。
それでも離すわけにはいかないと、少女を抱えた腕を懸命にほどかずに居れば、
「しょうがないか、えいっ!」
放せ放せと突っ張らかしてた少女の腕が不意に止まって、
えいっという声に合わせ、こちらの肩へポンッと置かれる。
“…え?”
ふわんと総身の輪郭を吹き抜けた風が一陣。
髪が、シャツが、長々と引き摺っていたベルトがばたたっとひるがえったほどの、
勢いのある風が吹き抜けて、
それが収まったと同時、何故だか、標的ちゃんを捕まえていた腕から、
彼女がするりと抜け出した。
え?え? そんな、なんで? 力は緩めてないのに何で?と、
驚きつつもそのまま逃亡続行に掛かった少女の方を視線で追えば。
追ってきた中也がやはりのり面を飛び下りてきたそのまま、
こちらを見やったのと視線が噛み合い、
「あ…。」
こんな状況だというに、何を優先するか重々判っているはずの彼が、
それでも一瞬呆気に取られて仕舞い、
そりゃあもうもう凄まじい勢いで駆けていたその足をついには敦の前で止めかかる。
帽子の鍔の下から覗く、茜色の柔らかそうな髪が潮風にたなびいていて、
それがはっきり見て取れたほどしっかと立ち止まった中也の整った顔容が、
此方をじいと見やったまま固まっていたかと思いきや、
するんとした頬がじわじわと赤く染まってゆき、
「……敦。」
わざわざ名を呼ばれたのへ、ハイと応じれば。
やはり表情は微妙に固まったままな素敵帽子様、
ううと唸って視線を上下させてから、おもむろに敦へ告げ掛かったのが、
「あの小娘に…。」
「は? ………あ、あああっ!///////////」
あああ、やられたっと、察しがついたそのまま
とりあえず自分の胸元をバッと焦ったように見下ろせば。
仕事着の白シャツがその前合わせを左右に割りかけているものを
かろうじてボタンが頑張ってぎりぎりで引き留めている状態となっており。
これはあのその、あの少女の異能によって、女性に転変させられたらしく。
「彼奴は俺が追う。それと、そこにいるのも含めて、」
呆然としかかる敦はすぐさま動けまいと踏んだか、
そうと指示を出してから、黒衣のマフィア殿が更に付け足したのが、
「大柄な姉ちゃんたちは、十中八九
男があの子に転変させられたって身の似非女たちだ。」
「はい?」
ここいらは場末もいいとこだから、それほど飲み屋や風俗の店はなかったが、
たまに外国就航の大型貨物船が入港すれば、船員が多いもんだからこういう端っこまで客は来る。
「それを見越して、時々ホステスになって稼いでたんだろうさ、こ奴らは。」
「うわぁあ。」
妙な声を出した敦なのへ、へへッと愉快そうに笑って気を取り直せたか、
中也はそのまま元の加速でそこから駆け出し。
そして、敦はと言えば、
「…やぁねぇ、あなたも女の子になっちゃったんだから暴力は止しましょうよぉ。」
「そうよ、そんなに可愛らしくなっちゃって。」
妬いちゃうんだからなんてシナを作られても。
言われてみれば、成程、こちらのお二人は、
荷役のお仕事でもやっておられたかと思えるほどに
グラマーというだけでは収まらぬほどの分厚い胸板と頼もしい双肩をしてなさる。
「此方もお仕事ですから。」
正確には社の仕事じゃあないけれど、
社員で先輩の窮地を救うのはそのまま社のためでもあるから、そんなに筋違いな動機じゃなかろ。
敦の側もまた一時停止したのは、これから誰が何をするかを思い知らせるためだろか。
というのも、そのまま やはり一瞬のバネで飛び上がりざま、
ぐっと握られた両手の拳が容赦なく、彼らのあごを上へと跳ね上げており。
左右に立ち尽くしていたワンピース姿の二人へと、
それは正確に、それぞれの顎先へぶんッと腕を伸べての正拳を一発ずつ。
時間差をつけての左右へ順に飛ばしたのは、
それぞれへの拳に力を籠めるためと、あっと驚くことで不意を突いた格好にするためで。
「ぐあっ!」
「ぎゃあっ!」
野太い悲鳴に見送られるかのよに、
着地したそのまま、それは素早く地を蹴って伸びあがっての後ずさった虎の少年。
そんな彼が一瞬だけ立っていた場所へ、
微妙に遅れて棍棒を手に飛び込んで来た、別な手合いがあったからで。
きっと“先手必勝”が座右の銘のノーコン野郎で、
反射に任せての めくら滅法という戦法。
白虎の彼へに当たる確率よりはるかに高く、
間違いなくお仲間にもぶち当たるのもお構いなしという、
勢いだけ、体ごとという不器用な攻撃を避けたのと。
「…っ。」
「残念でした。」
それをこちらも読んでのこと、軽やかに後ずさったそのまま、
真っ向から打ち据えんと延ばされた、虎化した脚での蹴撃が、
「哈っ!」
それは見事に決まったようで。
ずでんどうと倒れた輩が、瞬く間だというに既に数人。
しかも昏倒し切っていてそうそう簡単には戦線へ戻って来られまい。
「…あ、中也さん。」
どうやらこの界隈に住まう人々全体で、あの少女を逃がそうとしているようで。
だったら加勢に行かなきゃと、少女と中也が駆けてった方を見やったそれと同時、
「わっ!!」
聞き慣れた声での驚愕したよな大声が聞こえ、それに引き続いて、
「……てんめェ〜〜〜〜っ。ぶっ殺ぉすっっっ 」
「きゃあぁぁあぁ〜〜〜〜っ!」
ちょっとだけ高くなったお声での、途轍もないお怒り乗っけた罵声が
下町の迷路のような路地裏を見下ろす、それは高い高い秋空へ届けと轟いたのは。
…………もしかしてもしかするのでしょうか。(笑)
to be continued. (17.10.08.〜)
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*やっぱ、こういう異能の人を出したからには、他の人のも見たいじゃないですか♪
敦くんは案外と美乳だと思います。
中也さんは筋肉が変換されての、やっぱりEかFくらい?(笑)

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